「いじめ74(なし)ツアー」

「いじめ74ツアー」で、全国74か所をまわったルミカ

群馬県出身で、1986年5月31日生まれのルミカは、日本の女性シンガーです。デビューは『door』で、ルミカ自身がいじめに遭った体験をもとにつくられた曲で、ルミカ自身が作詞しています。ファーストアルバムは『イキルコト』。2010年12月までに「いじめ74ツアー」として、全国74か所をまわりました。全国のフリースクールや、小中学校などを訪問して、自分自身のイジメ体験などを明かしながらライブを行いました。「学校の卒業式で歌って」といったリクエストにも、イジメを無くしたい。とルミカは可能な限り歌を届けに足を運びました。イジメにあっている人は、ルミカの歌でどれだけ励まされたことでしょう。またルミカの歌を聞いてイジメをしていた側の子も、自分のしているイジメの事に気づかされてイジメをやめた。という内容の手紙を、ルミカは受け取ったりしました。実際にイジメられていたルミカが、自分自身「イジメ」の体験を語り、歌うことでイジメをなくしたい。という気持ちは、人を動かしています。

ルミカはブログの中で、ちょっと自慢できることということで、クラッシックバレエが得意と書いていますが、ルミカは地元の群馬の高校へ入学した理由は、子どもの頃から慣れ親しんでいるクラッシックバレエを学べる学校として、群馬の高校を選びました。バレリーナになりたかったからです。その学校は全寮制コースがある学校で、ルミカは寮へと入りました。ところが、入学したと同時に始まったのが「イジメ」です。それはかなり壮絶なイジメでした。無視から始まったイジメはどんどんエスカレートしていきます。

寮生活は逃げ場がありません。寮生が使う冷蔵庫にいれていた牛乳がなくなった。といったことがありました。「あんたが飲んだんでしょ。」なにかにつけて、いろいろ言われます。ルミカが挨拶しても、返答はなし。無視です。それが何人も。何人も。。ルミカは食事がのどを通らなくなり、拒食症にもなりました。髪の毛も抜けるほどのストレスでした。そして、教室の窓や、寮の4階の窓から飛び降りてしまおう。と思った事も何回もありました。地獄のような寮生活を送り、学校でもイジメは続きます。学校と寮。同じクラスメートに寮生たち。逃げ場のない状況でした。そんなイジメられる日々を送っているのに、学校はなにも、なにひとつ行動をとってくれませんでした。まさに孤立無援状態での学校生活でした。

そんなイジメの場所である学校に、ルミカは我慢しながら通っていたのはバレエが出来る。その環境をあきらめることができずに、ひたすら耐えて耐えて通っていました。入学してから続く、壮絶なイジメは半年経ったころにも続いていました。ルミカはまだ高校1年生の16歳です。明らかに娘の外見上の異変にルミカの母親が気づき「もうやめなさい!!」と、娘を強引に自宅へと連れ帰ったのでした。大好きなバレエを続けたい。その気持ちだけで、ルミカはイジメの場でもある学校へ通っていたのでしょう。明らかな異変が出ていても、バレエがしたい。とただその気持ちだけが支えだったのかもしれません。

そして、ルミカは自宅で休養していてもあまりのも壮絶だったイジメのトラウマのために、人と会う事さえもできない日が続いたといいます。16歳は思春期でもあり、イジメをする側も反抗期であったりなにかモヤモヤしたものを抱えているのだと思います。イジメをすることで、そのモヤモヤを解消することは決して許されることではありません。ルミカは人とも会えない時期を乗り越えることをできたのは「両親」と言っています。両親がルミカと話し合い、相談にのることで彼女は乗り越えることが出来ました。

「自分は1人ではない。」イジメを受けていると、自分だけが・・という孤独感に包まれてしまいます。どんな時でも、1人ではなく支えてくれる家族や友人がいる。ということに気付いてほしい。と本も書いているようです。

バレリーナを目指していたルミカが、シンガーへの道を歩き出したきっかけは18歳の時に群馬から東京を出たことがきっかけでした。専門学校のSHOBIミュージカル学科に入り、続けてきたバレエを生かせるミュージカル学科に入ったことで歌う楽しさにも目覚めたようです。ミュージカルは大好きで、5歳の時に劇団四季の『キャッツ』を観てミュージカルに目覚めたと語っているので、群馬を出てSHOBIミュージカル学科へ入学したのも当然の流れかもしれません。バレリーナになるという夢。壮絶なイジメの中でも、通え続けていたのはバレエができる学校だったから。踊ることが大好きなルミカは、ミュージカル学科に入ったことで歌うことにも目覚めます。そして22歳の時に歌手を目指して芸能事務所(ゲットバックエンタテイメント)に入りました。

芸能事務所に入り、デビュー曲にと用意されたのは若い女の子らしい明るいラブソングばかりです。明るいラブソングばかりの中に、一曲だけ歌詞がない暗い感じの曲がありました。ルミカは暗い感じの曲に、ルミカは歌詞を書きました。それは、いじめられた苦しみと、支えてくれた母への感謝の思いを込めて出来上がったのが「door」です。明るいラブソングの曲などは、ルミカは「まだ恋愛経験もなかったし、リアルな気持ちをぶつけたかった。」と話をしています。そしてその「door」で2009年12月にCDデビューをすることになりました。

そして、いじめで傷ついた心に歌で勇気を与えたい。と「いじめ74(なし)ツアー」を始めますが、最初は営業と間違えられてしまって、なかなか相手にされませんでした。でもやがて口コミで話題になり、「いじめ74(なし)ツアー」は評判になり、依頼が続くようになりました。

ルミカがイジメと支えてくれた母への感謝の気持ちを込めた「door」の歌詞です。

「door」

作詞:ルミカ&ベイビー 作曲:一休

独りだった あの頃はいつも

自分を消したくて

居場所のない 教室の隅で

知らない罪さえも負わされ

悔しくて 怖くて

閉めきったdoorを

いつかあなたに話す 勇気があれば開けて欲しくて

ただ生きて行く事が こんなにも痛い事なら

真実が何かなんて もうどうでもいいよ

辛くて探すあなたの声を 思い出すと会いたくなる

間違ってる?自分を責めた日

逃げ場を失って

あきらめてた 明日は来ないと

最後の手紙を書きはじめた・・・

見上げれば 優しく雨が降る日でした

それはまるであなたが あたしの為に流した涙

ただ生きている事が あなたの幸せになると

気づかなかった、伝えてくれてありがとう。

今はわかるよ

痛みを知って 大きな優しさを知った

自分を信じ、歩いて行けば 過去から抜け出せる

未来は自分次第と

ただ生きている事が こんなにも意味があるなら

出来るよ もう越えられる 明日も負けないよ

いつかあなたに笑って言うよ 気づいた生きる事が大切だと・・・

いじめの図式はいじめられる対象者といじめる大人数。たったのひとりです。たった一人いじめられていると孤立と孤独を味わい、こんな苦しみから逃れたい。誰もこの苦しみ悲しみ辛さを分かってもらえない。自分ひとりしかいない。自分の身の置き場がわからない。なんのために自分は生きているのだろう。こんな状況から一刻も早く逃れたい。ただ生きていることがこんなにも辛い事なんて。生きていることに意味はあるのか。自分の存在意義。生きるという事の価値を見いだせなくなってしまうほど、また見失ってしまうほど追いつめられてしまいます。

せめて分かってくれる人でもいれば・・と思いますが、そのような状況ではなにも見えなくなってしまいます。ただただ辛く出口のみえないイジメに自分自身で終止符をうちたくなってしまう気持ちが歌詞の前半にでていると思います。

ルミカが味わった高校のイジメは、年齢も高いだけに陰湿で陰険。そしてしつこく繰り返されます。イジメは年齢・学年が上がるにつれて陰湿に巧妙になるといわれています。ルミカの歌に共感して、是非学校で歌って欲しいという依頼は小学校の高学年や中学校から多く寄せられたといいます。口コミで評判が広がり、イジメられているといった内容の相談の手紙や、励まされたといった感謝の手紙がルミカの手元に3000通を超える手紙が届いたといいます。ルミカは手紙を読み、いじめから立ち直れない人がたくさんいることを知りました。そして「いじめをなくすのは難しい。でも誰かが勇気をださないと。私の歌がきっかけになれば」と常に思い「いじめ74ツアー」へとつながっていきました。

いじめを受けてもなかなか心も身体も戻れないという苦しみから、少しでもルミカの歌で元気がもらえればと思います。壮絶なイジメにあっていたルミカは「今は生きているだけでめっけもの」と言っています。生きていること。についても歌っています。

「イキルコト」

作詞:ルミカ・ベイビー 作曲:一休

ビルの隙間にそっと咲いていた 1輪の花を見つけた時

ずっと誰かに褒められたくて 走って来たこと気づいたんだ

明日を気にせずに 今を生きる

この花みたいにもう1度

まっすぐ 笑って

誰にも負けないで生きることが

自分を守ってゆく気がした

悲しみも喜びも分け合っていく

みんなが居たから助けられたの いつも

朝が来るまで独りで泣いた 胸が苦しくて窓を開けると

風が空から運んでくれた 優しい光に髪が揺れる

明日を恐れずに 今を生きる

心の奥にある不安は

今すぐ 置いていこう

誰にも負けないで生きる事は

自分を苦しめてゆくから

一人では背負えない気持ちがある

ここからの道は一緒に行こうよ ずっと

明日を気にせずに 今を生きる

この花みたいにもう1度

まっすぐ 笑って

誰にも負けないで生きることが

自分を守ってゆく気がした

悲しみも喜びも分け合っていく

みんなが居たから助けられたの いつも

ルミカは2012年(平成24年)8月1日にファンと関係者の方にブログを通じてメッセージを発表しました。ルミカは歌詞にルミカの気持ちを綴っていましたが、これからさらに作詞や作曲を学び、自身の感性を高めるためにライブ活動・アーティスト活動を休止します。というメッセージでした。どれだけに期間になるかは未定ですが、ルミカの充電が実り多くまた活動を再開する日を心待ちにしたいと思います。